ミネラルタウン**カイ×クレア

時間って何?


 夏の月一日、初めて会った彼女に好きだ、と言った。

「ねえ、なんでオレじゃ駄目なの」
 カイが訊ねる。
「なにが?」
「なにがって……彼氏の話」
 クレアはああ、と頷いた。
「そういえば初めて会ったときに告白されたんだったね」
「忘れてたの?」
「返事の仕方が思いついてないだけよ」
「どっちの?」
「断りの」
「ひっでーな」
「だから言ったでしょ。まだ思いついてないって」
「傷ついたかも」
 そういう彼はあまり落胆したようには見えない。
 クレアは少しだけ、言葉を選びながら話しだす。
「私、一目ぼれって信じてないの」
「人を好きになるのに時間なんて――」
「関係ない」
 言葉をかぶせるようにクレアは言う。
 それはぴたりとカイのセリフに一致し、二重に響く。
「言うと思った」
 クレアはカイから目をそらす。
「でも本当にそんなことがありえると思う? 見かけだけ好きなら人形でもいいじゃない」
 クレアはうつむいたまま。
「私は、人形じゃない」
「……よし分かった。じゃあお友達から」
「嫌よ」
「なんで?」
「下心みえみえな人と付き合えない」
「さっき一目ぼれは信じてないって言ったじゃん」
「だから嫌なの」
「わけわかんねー。一目ぼれの理由が駄目なら友達から始めるしかないじゃん」
「とにかく、私には構わないで」
「あ、もしかしてオレ嫌われてる?」
「ようやく気がついたんだ」
「でもさ、クレアもオレのことよく知らないだろ?」
「当たり前じゃない」
「一目ぼれを信じてないんだったら、その一目ぎらいも信じてないよね」
 カイが試すように訊ねた。
 クレアはなにか言いかけた口をつぐむ。
「人の心はいつ変わるかわからないし」
「それ。だから嫌なのよ一目ぼれは。いつかあなたは私のことが嫌いになる」
「なんで分かるの」
 クレアは笑う。
 とびっきりの笑顔だ。
「あなたは一体どっちを前提にしているの? 変わるほう? 変わらないほう?」
 結局私が怖がってるだけなのよ、とクレアは言う。
「勝手にイメージを固定されて、それに答えられないと失望されてしまうのが。それなら最悪の第一印象のほうがマシじゃない? これ以上悪くならないくらいの」
「それって今のクレアがオレに対しての状態?」
「これから私はあなたのいいところを一つ一つ見つけていく。きっとそれには時間がかかる。それまであなたが私を好きでいてくれたなら」
 クレアは答えた。
「その時は考えてあげてもいいわよ?」

 一つだけ、お互いに秘密にしてあることがあった。
 好きだと言った、夏の一日目が本当の初対面ではない。
 カイはクレアを海で助けたことを言わない。
 クレアは教会で盗み聞きしたカイの懺悔のことを言わない。
 相手はあの時が初対面だったと思っているのだと、思ったまま。
 好きになるための時間を積もらせていく。


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