ミネラルタウン**グレイ×クレア

貧乏はしたくない


「……貧乏って嫌よねえ」
 そう、しみじみと壊れた柵を暖炉に追加しながらクレアは呟いた。
 暖炉の傍には牧場で取れたいろいろな野菜が串に刺さって立っている。夕飯だ。調理費を節約する為か冬になると彼女はよくこっちも使う。
 電気はつけてない。食事くらい暖炉だけの明かりでなんとかなるというのが彼女の言い分だ。
 薄暗い部屋の中、赤く燃えた暖炉を野菜達が取り囲み、そのまた周りを二人の男女が取り囲んでいる。
 はっきり言ってかなり怪しい光景だと思うのだがそれは言わないでおく。
「ちょっとあんたもうんとかすーとかいいなさいよー」
 クレアに肩を叩かれる。
 なんでここに居るんだろうとグレイは思った。
 いや自分がここに居る理由は分かりすぎるほど単純であるのだが、なぜクレアが自分をこの儀式に誘ったのかが理解できない。
 心のどこかでは警報が鳴りっぱなしだったりするのだがグレイはそれに気がついてないことにしている。
「うん」
「うん、って何? 毎日宿屋住まいの坊っちゃんにお金の価値がちゃんと分かっているっていうの?」
 一応自分の方が年上なんだけどとか、宿屋代も自分のなけなしの稼きからちゃんと払っているんだけどなとか思ったが、それも口には出さない。
 クレアとの付き合い方はもう心得ている。
「あ、これ焼きすぎちゃったからグレイにあげる」
 そう言ってクレアは焼きすぎて四分の一は炭化してしまったとうもろこしをグレイに渡した。
 グレイはなにも言わず、とうもろこしの無事な部分に噛り付く。
 噛り付いてからグレイは、クレアのこの牧場はほぼ自給自足でやっていて、とうもろこしは夏の野菜で、温室なんてものはまだ増築されてないことを思い出した。
 すぐに忘れるようにつとめる。
「で、なんのよう?」
 ようやくグレイは今日クレアの家に来てからセリフらしいセリフを出した。
 それを聞いたクレアはよくぞ聞いてくれましたと満面の笑みを浮かべる。
 クレアは立ち上がると電気をつけ、道具箱の中から麻袋を取り出した。
「今日君をここに呼んだのは他でもない」
 いきなり改まった口調で言われる。
 まあ、初めてじゃないからグレイはそんなに驚かない。
「私には君が必要なの。だからお願い」
 これも初めてじゃないからグレイはそんなに驚かない。
 そしてクレアは持っていた袋を逆さにした。床にたくさんの鉄屑が散らばる。
「これ、直して」
「……これって?」
 いやね、もう初めてじゃないから分かるんだけどさ。
「ハンマー。直して」
「つうかどうやったら毎回毎回こんなになるんだよ!」
 グレイは見事に砕けているハンマーの残骸を指さしながら言った。
 先ほど自負したクレアとの付き合い方なんてもう頭にはない。
「なによあんたが手がけてくれた仕事でしょ?」
「たしかに俺がやったやつだな」
「ならアフターサービスくらいきっちりしなさい!」
「そんなサービスやってねーよ! だいたい無理な使い方して勝手に壊したのはクレアだろ?」
「鍛えてさえ簡単に壊れる道具作るあんたが悪いのよ!」
「俺のせいかよ!」
「そうよあんたのせい! ろくに鍛えられないのなら金なんて取るんじゃない! こちらとらお金がないのよ!」
「たしかに俺は鍛冶屋の見習いだけど常人なら普通に使えるくらいの道具は作れるんだよ!」
「誰も使えるわけないじゃない。すぐに壊れるもの」
「壊したんだろ」
「なによ結局実用できる道具作れてないだけじゃない」
「お前が常人じゃないんだ!」
 その言葉にクレアは黙り込んだ。
 そしてグレイも何も言えないでいる間にじわじわと涙目になり俯き加減になる。
 グレイはそれに耐え切れなくなって思いっきりため息をついた。
 ああもう。
「俺のせいかよ……」
 思わず声に出して言う。クレアは答えない。
 グレイはどうすればいいか迷い、とりあえずクレアの肩に触れようとし、
「スキアリ」
 クレアがそう言った。
 これからなにが起きるか予想なんてする前にクレアの唇がグレイのそれと触れた。
 クレアがいたずらっ子のような笑みを浮かべると一気にまくしたてる。
「あー乙女を泣かせた上に大事な唇を! こうなったらなにがなんでも落とし前つけてもらうわよ!」
「いや嘘泣きだろ? クレアからのキスだろ? それにスキアリって言ったの思いっきり聞こえてたぞ!」
「空耳じゃない?」
 そうクレアはうそぶく。
 グレイは呆れてなにも言えず、ただクレアの顔を見つめている。クレアもグレイの顔から視線を外さない。
 そんなお互い顔を見合わせる格好がしばらく続き、どちらからともなく笑い出した。

 こうして俺は今日もクレアからただ働きをさせられる。
 いや、俺はクレアのことがスキだったりするから、実はなによりも報酬の高い仕事なんだけどさ。


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