ミネラルタウン**リック×クレア
ハイビスカス
机の上に、袋に包まれたお茶の葉をみつけた。
リックが病院に行く前はなかったものだ。
「母さん、誰かきたの?」
リックは台所に立っている母親に訊ねた。
「あら、忘れてたあ。さっきクレアさんが来たのよ」
クレアはさっき病院の入り口で見かけたばかりである。
彼女はすぐに逆方向に走り去っていってしまったので、向こうは気がついてないようだったけれど。
リックが病院に行ったのは母親であるリリアの薬を貰う為で、診察はしていない。
寄り道なんてのもしなかったから、彼女はすれ違いに来たことになる。
「そうそう。にわとりの餌、頼まれたからお願いね」
返事をすると、リックは今入ってきたばかりの扉から出て行こうとした。
「明日は大雪だから、手伝えることがあったら手伝って来なさい」
言われるまでもなくそうするつもりだった。
クレアは女手一つで牧場を経営している。
女は男に守られているだけのかよわい生き物だとは思わないし、事実クレアはよくやっているが心配なものは心配だった。
何度か鉱石場やマザーズヒルで倒れたところも見ている。
「いってきます」
そう言って家を出たとたん、凍えるような寒さに襲われた。
コートの襟を立て、冷たい風が中へ入らないようにする。
そして隣の牧場へとリックは足を運んだ。
小屋に頼まれた分の餌を入れてしまうと、リックは牧場を見渡した。
流石に冬なので放牧されている家畜はいないが、雪に覆われた上からでも牧場としての息吹を感じるとこができる。
リックはその風景をしばらく見つめていたが、すぐにクレアはどこにいるか思案した。
とりあえず彼女の住んでいる家に向かうことにする。
途中、先月に建てられたばかりの真新しい温室が目に入った。
その中に動く影を見つけたような気がして、リックは温室の戸に手をかけた。
「……クレアさん?」
温室の戸を開けると、真冬だというのにノースリーブのシャツを着たクレアが飛び込んできた。
思わず唖然としてしまうが、それもそのはずで、温室内はまるで熱帯地域のように暑い。
暑さを証明するかのようにトマトやらパイナップルやらハイビスカスやらが温室内を埋め尽くしている。
パイナップルはまだ分かるがハイビスカスなんてどこで手に入れたんだ。
そうつっこみたいのを我慢する。
「あ、リック」
クレアがこちらに気がついた。
「閉めて、閉めて」
戸が開けっ放しなことにいまさら気がついた。慌てて閉める。
「どうかしたの?」
「いや、明日吹雪が来るから。母さんがなんか手伝えることがあったら手伝いなさいって」
「ありがとう。でももう終わる」
終わる、のは温室補強のことだ。手にはハンマーと板を持って。
はっきり言って自分より上手い。
リックは上着を脱ぎ、メガネの曇りを拭いた。
再びメガネをかけ直した時、あるものが視界に入る。
トロピカルに彩られた温室の中、さらにビニールで囲まれた植物があった。
水はほとんど与えられてないらしく、地面がひびわれを起こしている。
それでも綺麗に咲いているその花をリックは見たことがあった。
それは、
「あ」
クレアが声をあげる。
リックもその花の正体に気がついてまったく同じ感嘆詞をあげたところだった。
顔を見合わせる。
「もしかして、もしかしなくても気がついちゃった?」
リックはぎこちなく頷く。
「え? なに? 言ってみて」
「もしかして、この花――」
思わず声が小さくなって、自分にすら聞き取れない音になる。
しかし唇の動きで分かったのか、クレアは、
「あーもういいよ。うん」
黙り込む二人。
「見当ちがいのこと言ってくれれば簡単に指定できたのに」
と、クレアは笑った。
リックはもう一度、その花を見た。
それは砂漠に十年に一度だけ咲くと言われている、幻の花だったのだ。
その花の名前を、リックは知らない。
よっぽど希少な為か、ミネラルタウンにある図書館の辞典くらいでは、載っていないのだ。
ではなぜそれほど珍しい花を知っているかと問われれば、答えは簡単だ。
リックの母親であるリリアは、体が生まれつき弱い。
それを唯一治せると言われているのが、その花なのだ。
リリアの旦那である、ロッドはそれを探しにいったまま、帰ってこない。
「どこで手に入れたの?」
「あれ、ホアンさんが持ってきてくれて」
「高くなかった?」
「一定期間この花、ザクさん通さないで売ること約束したらただ同然で貰えたよ」
ひょいと近くにあったハイビスカスをつまみながらクレアは言う。
密貿易、という単語が頭に浮かんだ。
それにしても。
「クレアさんが手作りのお茶を持ってきたのはこういうわけか」
「あ、効き目は期待しないでね。一応ドクターに調べてもらって毒じゃないことは分かってるけど」
そして続ける。
「本物かどうかなんて私は分からないし」
雪が解けて、春になった。
結局、リックの母親であるリリアの病気は治らないままだ。
それが例の砂漠の花でなかったのか、違う環境で育ったせいで効かないのか、もともと病を治す効果なんてないのか。それすら分からない。
一度植物に詳しいバジルさんにも聞いてみたが、本物のそれを知らなくて鑑定するのは無理だとあっさり言われた。
「まあ、簡単にはいかないよね。じゃなかったらとっくに治ってるはずだし」
クレアは苦笑する。
リックもあらかさまではないが落ち込んではいる。
父さんが、砂漠の花を探しに行こうと言い出した時は、なにを考えているのだと苛立ちを覚えた。
母さんが一番必要としているのは、そんな花などではなく、父さん自身だというのに。
しかし今なら分かる気がする。
目の前に可能性があるのなら、人はそれを掴もうとするのだ。
それがただの絵空事であったとしても。それは人間の性質としかいいようがない。
自らがなにもしてない分、自分のほうが馬鹿だとも思った。
「でも」
でも。
「クレアさんの作ったあのお茶……美味しかったって母さん喜んでた」
そんな中、しあわせを感じている自分がいる。
無駄な悪あがきばかりしていて、結果が望みどおりにならなくても、それでも些細な事をしあわせに思える自分がいる。
それが少し不謹慎にも思えたけれど。
「本当? 種も取れたし、また作ってあげるね」
クレアは笑う。リックもいっしょになって、彼女と笑った。
もどる