進藤様へ贈るドクターxマリー小説。


 流木の雨宿り


 パラパラと降って来た雨と同時に水曜日の常連はやってきた。
 こんにちは、マリーが挨拶をするとドクターは軽く会釈する。
 そして何も言わずいつもの特等席へと座り込んだ。
 彼がちらりと一つの空席に目を向けたのをマリーは見た。
 そこにいつも座っている人物、グレイはいない。
 グレイは鍛冶屋で見習いをしていて、なんでも今日は師匠の誕生日なのだそうだ。
 その師匠に欲しいものはと聞けば。
 弟子が修行をサボらず早く一人前になること、それが一番嬉しいプレゼントになるんだがな。
 そういうわけで今日は一日中特訓するらしい。
 彼らしい考え方ではある。
 マリーはそのことをドクターに教えはしなかった。
 特に彼にとって興味深い話ではないだろうし、現に興味をよせているふうにも見えない。
 マリーは読みかけていた本の続きを目で追い始めた。

 グレイがこの場にいないことを除けばいつもの水曜日の光景だった。
 二人とも見ているのは紙の上だけで、そんな光景すら見ていないのも同じだった。
 雨は初めから強まりも弱まりもせず、単調な音を響かせる。

 読み終わった本を閉じると、マリーはそれを戻しに向かった。
 ここで働いているマリーにとって、図書館は勝手知ったる我が家といったところか。
 迷いもせずに目的の棚へと歩いていく。
 開いていた隙間に滑り込ませるようにして本を戻す。
 そしてその続編にあたる本を取り出しだそうとし、一つ上の棚に隙間を見つけた。
 図書館の本はジャンルごとに並べられている。
 この棚の本を借りていくような人も、貸し出しした覚えもなかった。
 なんとなしにドクターのほうを向くと、その本は彼の手の中にあった。
 それは子供向けの話を一冊にまとめた本。
 そんなに厚くはないが、挿絵のない為か知っているほとんどの童話はそれに収まっている。
「そんな本も読むんだ」
 頭の中でだけの問いに終わらすつもりだったのに、思わず声にだしていた。
 声に出されたそれは雨音に消されず、ちゃんとドクターの耳に届いたらしい。
「ユウくんとメイちゃんとの共通の話題が欲しくてね」
 ドクターは苦笑のような笑いをもらした。
 この年齢になって童話を再び読むなんて思わなかったのだろう。
「私その本好きよ。全ての物語がハッピーエンドだもの」
 そこで会話は終わってしまう。
 なにか言わなくてはならないような気分になり、マリーは再び口を開く。
「ドクターは、どんな本が好きなの?」
 ドクターが借りていく本は全て仕事で実用的なものばかりだ。
 俗にいうエンターテイメントの類は借りずにここですませている。
 だからマリーは彼がどんな本を読むのか知らなかった。
「特に贔屓にしているジャンルはないな。俺は面白ければなんでも好きだよ」
「じゃあその貴方にとって面白い本って?」
 彼は顎に手をあてる。そして少し考えるこむような仕草をして、
 いくつもの聞きなれたタイトルを口にしていった。
「作者で本選ぶほう?」
 少し呆気にとられ、マリーが尋ねる。
 ドクターがにやりと笑う。
「いいや」
 そうは言っているが絶対嘘だ。そんな無名の作者の本をいくつもあげるなんて。
「うそつき」
 彼につられてかマリーも同じ類の笑みを浮かべた。
 心なしか声が弾んでいた。
「それ書いたの私だって知っていて言ってるんでしょ?」

 こんなに他人と会話をしたのはひさしぶりな気がする。
 今日がただ特別なだけで、彼とはすぐにいつもの関係に戻るのだろうけど。
 それはお互い分かっているのだから、わざわざ確かめるようなことはしない。
 いつのまにか時計は四時をさしていた。
「雨、まだ降ってるね」
 普通は会話の一番初めに天気の話題が出そうなものだが、一番最後の話題になっていることに一人笑ってしまった。
 いや、二人。ドクターもそれに気がついたらしい。彼も笑っている。
 ドクターは帰る支度を整えるが、マリーはそんな彼を見ているだけだ。
 そんなマリーを見て、ドクターは口を開く。
「君はまだここにいるのかい?」
「ちょっとほこりとか掃除しようと思ってね。お客さんのいない間に」
 そして聞いた。
「傘、いる?」
「いいや」
 即答されたことにマリーは少し驚き、彼を見つめてしまう。
「手伝うよ、それ」
 雨宿りをかねてだけどね、とドクターはつけくわえた。

 次の週にはいつもの距離に戻ってしまうかもしれないけど。
 どうやらそこへ戻るのはまだ少し後らしい。


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