進藤様へ贈るダッドxリリア小説。


 ダッドリリア


 この町には宿屋にしか電話がない。
 もっとも小さな町である。実際の交流のほうを重視しているこのミネラルタウンで、家に電話を取り付けたところで使わないのは目に見えている。
 それでもやっぱり時々の需要はあるわけで、電話だけを目的に来る客も居る。
 リリアもそんな中の一人だ。

 静かな音を立てて受話器が置かれた。
 始めの頃は未練がましくずっと掴んでいた受話器も、今は用事が終わったらすぐに置く事ができる。
「もう、帰ってきてとは言わないんだな」
 そう言ったのはこの宿屋の経営者であるダッドだ。
 電話があるのはレジのすぐ横である。
 内容を聞かれているのは気持ちのいいことではないが、この距離だと聞こえてしまうものは聞こえてしまう。
 それに誰と話しているのが分かっても、彼がそれを盗み聞きするような人ではないことをリリアは知っている。
 リリアはふっと笑って、肺の中の空気を外へと押しだした。
「言えるわけないじゃないの。今までの彼の努力を否定することになるのよ?」
 通話代を支払いながら答える。
 提示された金額を見て、少し喋りすぎたかなと思った。
「まだ見つからないのかい?」
 万に通じる薬の原料になるらしい、十年に一度だけ咲くという砂漠の花。
 それを何年も前から、リリアの夫、ロッドは探している。
 生まれつき体が弱い彼女自身の為に。
「もともと期待はしてないわよ。定められた時間を生きるだけで十分」
 それはリリアの思想だ。
 遠い未来の仮定された大きな幸せよりは今の些細な幸せを取る。
 意外と刹那主義なのだ。
 そして彼がこれを聞いたら泣くかもしれないなと思い、こっそり苦笑した。
 そんなリリアを見ながら、ダッドがさりげない口調で訊ねる。
「どれくらい泣いてない?」
 揺れた感情を顔には出さず、つとめて変わらない声で答える。
「なぜ泣く必要があるの? リックもポプリも元気に育って、ロッドは私の為に薬を探しに行ってくれて」
「言い方が悪かった」
 にこにこと笑いながら答えるリリアにダッドはため息をついた。
「どれくらい泣いたんだ? 彼がこの町を出て行ってから」
 リリアの表情が消える。
「さっきと質問が矛盾してるわよ」
「聞きたいことは同じだ」
「別に、泣いてはいないでしょう」
「俺の前ではな」
「どうしてそう思うのかしら?」
「町一番の泣き虫が泣かなくなったんだ。そう推測してもおかしくないだろ」
 ようやくリリアはくすりと笑った。
「そうやって人を観察するのは職業病なのかしらね?」
「人を悪者みたいに言うな。これでも心配して言っているんだぞ」
「あらそうなの? うれしいわあ」
 リリアはダッドの青い目を見る。
 変わらない彼の瞳が、ひどく安心できた。
「本当にね」

「もう帰るのか?」
 そのままドアに向かおうとしているリリアに向かってダッドが言った。
「子どもが待ってるから」
「たまには飲まないか?」
 リリアの返事を聞く前に、ダッドはワインを取り出し、二つのグラスに注ぐ。
「男ってのは馬鹿だ。死んでも見せないと好きな女の気持ちにすら気がつかないときたもんだからな」
「それは経験談?」
「この世の法則だろう」
「言われてみればそうかもね」
 そんな男達を愛する女はそれ以下ということになるのだろうか。
 それでも構わない。愚かな者同士楽しくやりましょう。
 受け取ったグラスに口付けた。
 心地よい酔いを感じながら、こんな夜もたまにはいいものだなとリリアは思った。


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