吹夏様へ贈るクリフxクレア小説。
Superstitious person
鏡の中のもう一人と目があった。
それは一瞬のことで、二人の視線はすぐお互いの耳元のイヤリングへと向けられる。
後ろにはグレイが、まるで重大な発表を待つかのように神妙な顔つきで座っている。正座。
つくづくこの男は面白いとクレアは思う。
クレアは一度視線をイヤリングのほうに戻し、それからグレイの方へと振り向いて笑顔を見せた。
「うん、上出来。これならマリーも喜んでくれるんじゃない?」
ぱっと輝くような笑顔になる。分かりやすい。
グレイの努力、もとい恋の力はすばらしいもので、彼の作るアクセサリーは回を追うごとに確実に上手くなっている。
逆にそのせいで、どうやってプレゼントしようか悩んでいるうちに新しいものが出来上がり、それと比べてしまってはプレゼントできずにいるという事態を繰り返している。
そして今回もまた彼はループから抜け出せそうにないと知り、クレアは苦笑した。
「ま、がんばってよね。これからが難しいんだから」
そう言いながらつけているイヤリングを外して机に置く。
机に置かれたイヤリングは対がなかった。
一つだけなら多少形が狂ってもそういうデザインだと言い張ればいい。
しかし対になるとそうはいかない。
自分の持てる最高水準のものを作ろうとしたら時間がかかる。
ならネックレスやブローチにすればいいものの、始めのころ、グレイ自身が両方ともうまく作れたら恋が成熟すると願い事をかけたものだから始末に終えない。
ちなみに今日は途中経過での評価というわけだ。
「あの」
グレイが聞いた。
「クレアさんの好きな人って……もしかして左利き?」
「え? どういう意味?」
言葉にしにくいのかしどろもどろになるグレイ。
こいつの優柔不断なところ直せばもっといい男になれると思うんだけどな、なんて感想は心の奥にしまっておく。
そんなことを口に出した日には余計に悩んで悪循環してしまうに決まっているからだ。
グレイは自分の左耳を軽くつまんでみせた。
きょとんとしている私を見て、もう一度。
自慢じゃないがクレアは要領が悪い。頭は悪くはないのだが、いつも遠回りや獣道ばかりを選んで歩いてしまう。
なにしろチラシ一枚に騙されて、そこそこ給料も悪くはない会社をその日に辞めてしまうぐらいなのだ。
「なに? 言いたいことがあるなら口で――」
「知らない?」
「なにが?」
「その、イヤリングの……」
「あ」
バラバラのピースがようやく繋がった。
対のないそのイヤリングをつけいたのは左耳だった。
固まってしまっているクレアを見て、グレイは慌てて述べる。
「いや、だからそういう意味じゃなくて! クレアさんは普通だと思うし、分かってるから! だいたいそのジンクスは歩くとき利き腕が使えるように男が右にいるから、アクセサリーだけでもと近づける心理が作用して、だから男の人の利き腕が左だったら逆でも不思議じゃないと思って――」
「あ、もういいから」
ほっとくといつまでも続きそうだったのでそこらで制しをいれる。
「第一私そういうの信じてないし。女を恋愛対象としてみてませんから、マリーのことはご安心を」
最後に冗談をつけくわえた。
そう言ったくせに。
ちょっとだけ、好きな人が左利きだってことを期待して。
鍛冶屋を出る前、グレイの手を見た。
右のほうにマメが多くできていた。
外はもう日が沈むころだった。
牧場へ帰ると、家の前にクリフがいた。
クレアをみつけた彼はひらひらと手を振る。
「なにしにきたの?」
クレアが冷たい声で言った。
「用がなきゃ来ちゃいけない?」
「当たり前でしょ」
そう言って彼の横を通り過ぎ、ドアの取っ手に手をかける。
入ろうとした瞬間、腕をクリフにつかまれた。
「待ってよ。用ならある」
「なに?」
「遊びにきた」
「おやすみなさい。明日はできたら会いたくないわ」
腕を振り解き、ドアを閉めようとして。
「おみやげにワイン持ってきてるんだけど」
その言葉にクレアはゆっくりとドアを開けた。
クリフはそのままキッチンへと歩いていく。
クレアはなにか文句を言いかけたが。
「俺が入れるよ」
彼はその前にそう言って、ワイングラスを勝手に物色して持ってきた。
「あれ?」
あることに気がついてクレアは思わず声をあげる。
「どうかした?」
「いや……その、クリフって左利きだったっけ?」
ワインを注いでいるその手は左だった。
「あ、知らなかった? まあ、普段は右使ってるけどね。器用にみられないほうがいいし」
「なんであんたがよりによって左利きなのよ!」
「なに怒ってるの?」
それはちょっとしたメイシンのお話。
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