吹夏様へ贈るグレイxクレア小説。


 問題アリ


 ドアを開ける。
 そしてそのままの状態でグレイは全ての動きを静止した。
 おかえり、とルームメイトであるクリフが声をかけるがグレイは返事をしない。
 クリフもそんな彼を気にせずに、果樹園の仕事らしい作業を続けた。
「……クリフ、聞きたいことがあるんだが」
 グレイがやっとのことで口を開く。そして、
「なんでこいつが俺のベッドで寝てるわけ?」
 自分のベッドで気持ちよさそうに寝ているクレアを見ながら言った。

「いや彼女が眠いっていうからさ。僕のベッドで寝かせるわけにはいかないでしょ?」
 クリフはさも当たり前のことのように言う。
 いや俺のベッドに寝かせるのも問題あると思うが。
 そんなことを思いながらグレイは帽子を取って頭を掻いた。
 今日は疲れているので早くベッドに行きたいと思っていたがそれは叶わなそうだ。
 思わずため息が出る。
 それを見咎めたクリフが聞く。
「疲れてるの?」
 グレイは答えない。
「そうなんだ。ご愁傷様」
 俺、何も言ってないのに。
 グレイがささやかな敗北感に浸っている間、クリフは身の回りの物を片付け、立ち上がり、
「じゃ」
 片手で挨拶をするとそのまま部屋を出て行こうとした。
「おい待てよ、どこに行くんだ?」
 クリフは背中で答える。
「アージュワイナリー。仕事の資料が足りなくなった」
 それを聞いてグレイが叫ぶ。
「おい! 俺を一人で残していくのか!」
 クリフが振り返る。そして唇に人差し指をあてた。
「あんまりうるさくすると彼女が起きるよ」
 そしてにっこりと笑って、
「で、なにか問題ある?」
 まあ問題が起きるかどうかはグレイにかかっているんだけどね、と付け加える。
 グレイはそれ一つしか用意されていない答えを口にした。
「……ありません」
 クリフは宜しいというふうに頷くと部屋から出て行った。
 バタンとドアの閉じる音がグレイの耳にはひどく非情に聞こえた。

 残されたグレイはしばらくその場を意味もなくうろうろしていたが、立っているのが辛くなってくると仕方なくその場に座り込んだ。
 こっちを向いたまま寝ているクレアとの目線が同じになる。
 こうして寝ている姿を見ていると、クレアの体つきは本当にこんなんで牧場がやっていけているのか疑ってしまうくらい華奢だった。
 小動物のようにちょこまかと走り回るいつもの彼女よりも何倍も儚く見える。
 光の線でできたような長い金の髪。
 伏せられた瞼の裏にあるその目はどんな青よりも綺麗だということをグレイは知っている。

 ――いつも、見ていたから。

 そこまで思ったとき、もぞもぞとシーツが動いた。
「クレア?」
 グレイが呼びかける。
 ん、という声を出してクレアが仰向けに寝返りを打った。そして再び寝息を立て始める。
「……無防備過ぎだっつの」
 思わずそんな言葉がついて出た。
 グレイはため息のような息をつくと立ち上がり、自分とベッドとの距離を縮めた。
 卑怯だって分かっている。
 それでも、この気持ちに気がついて欲しくて。

 グレイはキスをした。
 クレアは目を覚ました。

「うわ!」
 グレイは飛び退けるようにしてクレアから離れる。
 クレアはまだ眠たそうに二、三回度目を擦り、そして壁際にくっついているグレイを発見した。
 そしてまだ寝ぼけているような声で彼の名前を呼ぶ。
「グレイ?」
「はい!」
 声が上ずっているが、クレアはさして気にも留めずに続けた。
「あのさ、私のこと好き?」
 いきなりのことに何も言えず黙り込むグレイ。
「……なわけないか。ごめんね。さっき変な夢見ちゃって」
 クレアは恥ずかしそうに笑いながら言った。
「……どんな夢?」
 グレイは話題が勝手に変わってくれたことに神様に感謝して、
「ん?
 グレイが寝起きのところを襲ってくるの」
 すぐに恨んだ。
 すみません。それ夢じゃありません。
 グレイは息をつくと、もう隠しているのは限界かな、と思った。
 バレる、バレないの問題の前に自分の心に歯止めがきかなくなっている。
「……好きだった」
 気がついたら唇が勝手に動いていた。
「ずっと、クレアのことが」
「過去形?」
「いやいやもちろん現在進行形! ……で、だから……その……」
 上手く言葉にならない。この時ほど自分の口下手を恨めしく思ったことはなかった。
 そもそもこれだけ言えばプロポーズだって気がついてくれても良いじゃないか。
 ……いやそれは仕方ないか。クレアだからな。
 いつのまにかクレアが、グレイの顔を覗き込むようにして目の前に居た。
「私はグレイのこときっと嫌いじゃないよ」
 えへへと笑う。
「だってね、嫌じゃなかったから」
 意味が分からない。
 なにを、と聞こうとしてグレイはいきなり口を塞がれた。
 キスをされたのだと気がつくのに五秒もかかった。
 真っ赤になるグレイを実に楽しそうに見ながら、
「ほらね」
 クレアは綺麗に笑った。


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