吹夏様へ贈るリックxクレア小説。
誕生日プレゼントに
呼び鈴が鳴った。
自宅の二階にいたリックは慌てて一階に駆け下りる。
母親であるリリアは、通院日の為今日は家にいない。
こんな日は決まって兄妹のポプリと交代で店番を務めている。
今日はリックが当番だったのだが、こんな町である。お客が滅多に来るわけでもない。
やがて暇を持て余し、図書館から借りていた本を読もうと二階に取りに行っていたのだが、間の悪いことにその間にお客は来たらしい。
誰かはまだ確認できないが、リックはとりあえず声をかけることにし、
「いらっしゃい――うわっ!」
階段の途中で足を滑らせた。
派手な音を立てながら転がるようにして一瞬で一階に辿りつく。
「痛っ――」
リックはぶつかった所をさすりながらも、もう片方の手で外れたメガネを探した。
あった。しかも割れてない。今日はついてる。
慌ててメガネをかけ直す。周りの像が焦点を結んでいく。その結んだ先に現れたのは去年の春に越してきた新米の牧場主、クレアだった。
彼女は少し困ったように微笑みながら、
「お取り込み中だった?」
「いいや全然。それより何探してるの? 鶏の餌はこの前まとめ買いしたよね?」
「今日は買い物じゃないわ」
「じゃあなにしに?」
「遊びに」
「ここに?」
「うん」
「その――じゃあとりあえず、お茶でも飲む?」
クレアは満面の笑みで返した。
「クレアさんいくつだっけ?」
「十九」
「……いやお茶にいれる砂糖の話。スプーン何杯分いる?」
「十九」
リックは十九杯ものの砂糖を一つのティーカップにいれた。
はっきり言って溶けきったのは奇跡かもしれない。
クレアに渡すと彼女はおいしそうにそれを飲んだ。
「あーおいしい」
「いつも思うんだけどよく胸焼けしないよね、そんなもの飲んで」
「うるさいなあ」
わざと怒ったような声でそう言うと、彼女はくすくすと笑った。
「ところで今日牧場の仕事は? もう春なんだから冬ほど暇してないでしょ?」
「そうなんだけど、今日はコロボックルに仕事頼んだから」
「へえ」
「ああそうだ。リック聞いてよ。実はこの前ね――」
家が隣接している為か、クレアはよく遊びに来る。そして他愛もない雑談を交わす。
そんな時間がリックは嫌いじゃなかった。
嫌いじゃない時間というのは立つのが早く、いつのまにかクレアがお茶のお代わりを注文していた。
リックがまた大量の砂糖を溶かしている時、どこか懐かしい音色と彼女の妙にはしゃいだ声が耳に聞こえた。
「クレアさん……なにやってるの?」
クレアは勝手に棚の中を物色していたようで、机にいろいろな物が移動させられていた。
たった今開けられたことを示すように、彼女の前でオルゴールが鳴り続けている。
「ねえリック。これ今度の誕生日のプレゼントにしてよ」
そう言って見せたものは、そのオルゴールの中にしまっていたはずの、
彼女と同じ瞳の色の、青い羽。
リックは一瞬パニックに陥りかけたが、すぐにクレアはこの町の出身ではないことを思い出す。
「……あのさクレアさん」
「なに?」
「青い羽の意味、知ってる?」
クレアはきょとんとしている。
やっぱり知らなかったようだ。
「この町では青い羽はプロポーズする時に使われるんだよ」
リックは思わず苦笑いを浮かべながら説明をした。
「それは俺の父さんが母さんにプロポーズした時のやつなんだ」
彼女はへえと感嘆語を漏らし、しばらくその青い羽を光にかざしてみたりしていたが、
「いいね、それ」
オルゴールの中に戻すと蓋を閉じた。
嫌いじゃない時間というのは立つのが早く、いつのまにかクレアが帰る用意をしていた。
事実既に日は暮れかけていた。
「送っていこうか?」
「ん、すぐそこだし、まだ六時だし、そもそもこの町なら夜中歩いていても平気だよ。心配事は野犬ぐらいだもん」
クレアの元住んでいた町ではよく変質者等が出現していたらしい。
彼女いわく、都会は人が多いから変な人も多いんだよだそうだが、リックにしてみればそんな危険な町は想像できなかった。
まあ、そんな所に住んでいた彼女自身が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。
「あのさ、リック」
「なに?」
「リックの青い羽、私にくれる?」
「え?」
「ちょうだい。今度の誕生日プレゼントに。決定!」
リックの思考がクレアの突飛さについていけない間に彼女はそんなことを決めていく。
というかさっき青い羽の意味を説明したばかりだろう。
それなのに欲しいということは――
「いやいやいや!」
「嫌なの?」
「嫌じゃなくて、その……なんていうか……ああもう!」
きっと今なら言葉より雄弁に気持ちを伝えてくれるだろう。
そう思うとリックは急いで二階に駆け上がり、目当ての物を掴むとすぐに一階へと戻ってきた。
呼吸を整える間もなくそれをクレアに向かって差し出す。
彼女に、クレアに一目惚れしたその日に買った、青い羽を。
「今度と言わずに、今、受け取ってくれる?」
喉がからからだった。
それでもなんとか声を絞り出し、思いを伝えようとする。
「誕生日プレゼントとかなんかじゃなくて。その、本当の、俺の気持ちだから」
手から羽が離れる感触があった。
顔を上げると嬉しそうに笑っているクレアが目に入った。
彼女の口が言葉を紡ぐ。
「結婚式は次の日曜日ね」
――え?
オマケ
やれやれ。病院から帰った母さんが、次の日曜に結婚式を挙げると聞いたらどれだけ驚くだろう。
そんなことを思ってリックは思わず苦笑する。
少し高揚が収まると、リックは自分が喉が渇いていることに気がついた。
リックはテーブルに置いてあった、自分のすっかり冷めたお茶を喉に流し込む。
そしてふとあることを思い出した。
春はたしかコロボックル達のお茶会の季節だったよな、と。
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