柚子様へ贈るグレイ&クリフ小説。


 For you


 グレイは一階から持ってきた二つのマグカップのうちの一つをクリフに差し出した。
 クリフは礼を言うと、またすぐに机に向かって作業を始める。
 彼は果樹園の仕事を始めてから机に向かうことが多くなっていた。
 グレイはそのまま自分のベッドに腰掛け、マグカップの中身を飲んだ。
 クリフに渡したのはただのお茶だが、グレイのそれはつかれとーるである。
 はっきり言ってそんなにおいしいものじゃないが、疲労をやっつけるには良い薬である。
 ……少し懐が痛いけど。
 そんなことを思っていたらクリフがいきなり話しかけてきた。
「グレイってさ」
 クリフはこちらを向いておらず、手も休んではいない。
 仕事をしながら喋るなんて器用な奴だなと思い、また、俺がやったら絶対仕事に集中できなくてじいさんに怒鳴られるだろうなと考えながら、グレイは続きを促した。
「なに?」
 そして残りのつかれとーるを一気飲みこもうとして、
「クレアさんのこと好きでしょ?」
 思わず咳き込んだ。
 しばらくごほごほとやっていたが、クリフは一向に気に留めようとしない。
 ただその返事だけを待っている。
「なっ、なんで?」
「なんとなく」
 なんとなくでトップシークレットの心の内側を覗かれてはたまらない。
 しかし嘘をつくのは苦手だし、そもそもクリフに嘘は通用しない。
 それはクリフと親友であるグレイが一番よく知っている。
 しかたなくグレイは白状した。
「……そうだけど」
「僕もクレアさんが好きなんだよね」
 思考がピタリと止まる。そして次の瞬間一・五倍(当社比)で動き出した。
 俺、勝ち目ないじゃん。
 いくらなんでも相手が悪すぎる。
 この場合の悪いは悪いんじゃなくて良いって意味だ。
 男のグレイから見てもクリフはカッコいいし、大勢の人にまず持たれるであろう純粋無垢な第一印象に似合わず頭も切れる。
 少し騙された気分を乗り越えてしまえば中身もまず悪くはない(彼いわく騙してたなんて人聞きの悪い少し人見知りが激しいだけなのだそうだが)。
 クレアでなくても惚れるのは当たり前かもしれない。
 ……やっぱり悪いかも。いやいや悪いんじゃないんだけど。
 思考をようやく落ち着けたところでクリフは更なる試練を与える。
「僕、今日クレアさんに告白したんだよね」
 勝ち目が完璧に無くなった。
 さっきまでが一パーセントだとすると今回のでゼロだ。
 クレアは絶対にオーケイしただろう。
 グレイはベッドにつっぷしたまま動かなくなっていた。
 だから次の言葉に耳を疑うことになる。
「クレアさん、グレイのことが好きなんだって」
 クリフはそこで初めて作業していた手を止めた。
 そしてこちらを振り向く。
 その表情はいままで見たことないようなもので、グレイは言葉を失った。
「だから付き合えないって言われたよ」

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 クリフはとっくに仕事を再開している。
 グレイはさっきからクリフに声をかけようとしては失敗するのを繰り返していた。
 いろいろな感情が入り乱れ、上手く言葉にまとまらない。
 だがこのままではいけない。
 後になればなるほどタイミングが遅すぎず聞きにくくなる。
 ……既にタイミング逃しているような気もするが。
 だがこのままではいけない。
 呪文のように繰り返し心のなかで唱えると、意を決してグレイは息を吸い込み、
「なに?」
 そう切り出したのはクリフだった。
「え?」
「だからなに?」
「ええと……その、なにって?」
「言いたいことあるんじゃないの?」
 ……やはりクリフには適わない。
 しかしそう促されたおかげか言葉がすんなりとでてきた。
「……なんでわざわざ俺に言ったんだ?」
 それは最大の疑問だった。
「だってクリフがわざわざ教えてくれなかったら、きっと俺……」
 そう。なにも知らない状態のグレイなら告白なんて大それたことをしようとは思わないはずだ。
 自分で言うのもなんだがすごく優柔不断で。
 それはグレイと親友であるクリフが、きっと一番よく知っている。
 そうやって迷っている間に次の手を打てばいい。
 クリフは思案するような間を置いた。
「別にグレイだったら負けてもくやしくないから」
 グレイは驚いて顔を上げる。
「……なんてのは嘘で」
 一瞬でも喜んでしまったこの単細胞をどうにかできないだろうか。
「本当はすごくくやしい。なんでグレイなんかがって思う。でも仕方ないだろ? 選んだのはクレアさんなんだから」
 さりげなく失礼なことをいいながらも、それはグレイを認めているというセリフだった。
 その言葉に密かにじんとしながら、グレイは一つの可能性に思い当たる。
 それはクレアがグレイを選ぶという事態よりはずっと信憑性のある、嫌な可能性。
「あのさ……でも、断るための嘘ってこともあるんじゃ?」
 クリフがこちらを振り向いた。そしてグレイの顔をじっと見つめる。
 今度はなにを言われるのか。グレイはじっと身構えるように言葉を待った。
「よし、じゃあ今からグレイがプロポーズしにいってくることにしよう」
「は?」
 グレイがそのセリフを理解する前に、クリフは部屋を出てグレイを一階のドアの前まで引っ張っていった。
 ドアが開けられ、外の冷たい空気を身に浴びた瞬間にようやくグレイは我に返る。
「ええ! もう九時過ぎてるだろ? 第一俺青い羽持ってないし!」
 つっこみどころがずれている気もするが、少なくとも正当な理由のはずだ。
「青い羽ならここにあるよ」
 いつのまにかクリフの手には青い羽が一枚握られていた。
「……それ、誰のだ?」
「僕のに決まっているでしょ。これ貸すよ。どっちにしろグレイが振られないと使わないし。承諾されたのなら結婚祝いにあげる」
「俺の意向は無視かよ!」
 そのセリフにクリフはわざとらしいため息をつく。
「君は親友が諦めるなら諦めるでさっさとケリつけたいって気持ちが分からないのかい? そういうことで告白するまで中に入れないから」
 そう言うとクリフはグレイの背中を押した。
 グレイの体が外に放り出される。受身の体勢をかろうじて取る事ができたが起き上がるころには既に宿屋のドアは閉じていた。
「うわ! クリフ開けろ!」
 グレイはドアを叩きながら抗議する。
「近所迷惑。早く行って来なよ」
 クリフは親しい仲の人間には容赦しない。告白するまで、たとえ朝になっても入れてくれないだろう。
 グレイは頭を掻き毟った。そして思わず叫んでしまう。
「ああもう!」
 こうなりゃやけだ。
 グレイは青い羽を片手に牧場へと走り出した。


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