吹夏様へ贈るクリフxクレア小説。


 明日の返事


 クレアから告白されたのは昨日のこと。
 返事は明日――つまり今日でいいと言っていた。
 彼女のことを好きか嫌いかって聞かれたら、間違いなく好きだ。
 でも好きだなんて言える資格なんてこの僕に――いや、この俺にあるのだろうか。

 ――ねえ、付き合ってくれる?
 その返事はまだ決まってなかった。

 クリフは静かに佇む教会を見あげた。
 今日はいつもより早く目が覚め、いつもより早く教会についていた。
 まだ営業時間外である。
 開いているかなと思いつつ、クリフはそれを確かめる為に扉に手をかけた。
 それは思いの他あっさりと開く。
 その隙間は数十センチまでにとどめておき、中に居るであろう神父の名を呼んだ。
「カーターさん」
 返事はない。
 クリフはさきほどの声より少し大きめの声で呼んでみる。
「カーターさん、居ますか?」
 それでも返事はなかった。
 クリフは不思議に思って自分が通り抜けられるくらいまで扉を開ける。
 そしてその身を滑り込ませると、扉を閉じた。

「……なんで、貴方がここに居るんですか?」
 後姿でも分かった。
 薄暗い教会の中の唯一の光。
 そのステンドグラスの光に包まれてそこに居たのは、カーターではなく紛れもないクレアだった。
「おはよ、クリフ」
 声だけで自分が誰か分かったらしい。
 ふわりと金髪が揺れたと思うとクレアが振り向いた。
「カーターさんに留守番頼まれちゃった」
 くすくすと笑う彼女はいつもの彼女で、クリフは少しだけ気が楽になった。
「起きるの早いんだね」
「まあね。返事が聞きたくてさ」
 いきなりだったので心の準備ができてなかった。
 何を言ったらいいかクリフは戸惑う。
 嫌いではないのだ。
 でも――
「……返事って?」
 クリフは間を繋ごうとして、分かってるくせにそんなくだらない質問をした。
「昨日のよ。私が勝手に見た白昼夢でなければ言ったはずだけど? 付き合ってって」
 そのセリフは元々用意されたもののように淀みがない。
 クリフは何も言えず、クレアは返事を待ち続ける。
 そんなしばらくどちらともなにも言わない時間が続いた。
 初めにその沈黙を破ろうとしたのはクレアだった。
 クレアがもうこれ以上の沈黙には耐えられないというようにため息をつき、彼女は口を開こうとする。
 それが引き金となって、クリフは心を決めた。
「クレア」
 クレアはその呼び声に反応して、言いかけたその言葉を飲み込んだ。
「謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
 嘘を纏いながら好かれるよりも、
「クレアが知っている僕は僕じゃない」
 本当の自分を見せて嫌われたほうが良い。

「知ってる」

 クレアの答えはクリフの予期したどの答えとも違っていた。
「クリフがそうやって皆を偽って生きてきたことは知ってる」
 そこでクレアは笑った。いつもの微笑むような笑みではなく、いじわるそうな笑み。
「そのことを皆に言ったらどんな顔するかしらね?」

 一瞬彼女がなんて言ったのか分からなかった。
 その意味を理解した後も、しばらくはなにも言えなかった。

「……やめてくれ」
 消え入るような声で言う。
「やめてくれ、か。そうやって言うだけで私がやめるとでも思う?」
「なにがしたいんだ?」
「別に。しいて言えば面白そうだから」
「じゃあ昨日の……あれは?」
「あれ、あんなの信じてたの? あんたと二人っきりになって話すための口実に決まっているでしょ?」
 クリフはあまりの言葉になにも言えずに黙り込んだ。
「偽った自分を好いて貰おうなんて随分と虫が良いんじゃない?」
「……目的はなんだ?」
「言ったでしょ? 面白そうだから、よ」
「嘘付け。金か? 欲しけりゃ全財産やるよ。それともただ俺の存在が気にくわないのか? だったらここから出ていく。それでいいだろ?」
 醜い言葉が次から次へと出てくる。
 しかしそれを止めることはできなかった。
 クレアは俯いているクリフの前まで距離を縮めた。
「やっと――素顔見せてくれたね」
 クリフは驚いて顔をあげる。
「んー。私ってば女優になれるかもね」
 そして彼女はくすりと笑った。
「言わないよ誰にも。クリフが自分の口から言いたくなるまで」
 そしてクリフの肩を掴み、少し背伸びをして唇を重ね合わせた。
 触れ合うだけの短いキス。
「これはその時までの口止め料」
 流石に照れたような表情をしながら言う。
「明日こそ返事ちょうだいね」
 それだけ言うと、クレアは教会の外へとかけていった。

 ――明日の返事はもう決まっていた。


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