弁護士と検事の休憩時間(成歩堂+冥)

今回も修羅場はどうにか切り抜けたようだ。
成歩堂はコインを三枚取り出すと、自動販売機にいれた。
そして特に迷いもせず缶コーヒーを選び、手に取った。
すぐに開けて、自分の喉に流しこもうとし、
「成歩堂龍一」
フルネームで呼ばれた。
思わず咳き込み、慌てて口元に手を添える。
どうにか口の中のものを飲み込み、振り向いた。
もっとも。誰かは分かっていたけど。
「どいてくれないかしら?」
そこには思ったとおりの人物の姿、狩魔冥がいた。
成歩堂は慌ててその場から数歩離れる。
彼女が選んだのは成歩堂のそれと同じメーカーのコーヒーだった。
ブラック飲めるんだなと思いつつ、自動販売機の隣にあるベンチに腰掛けた。
彼女はというと、すぐに立ち去るのかと思っていたのだが、そのベンチの隣の壁によしかかるようにして、コーヒーを飲んでいる。
成歩堂が缶を飲み干すころになっても彼女はそこにいた。
気まずい沈黙。
「なんですか? 議論は法廷でやりましょうよ」
空になった缶を手元で持て余しながら、成歩堂が言った。
「貴方と違って法廷に私事は持ち込まない主義なの」
「ああそうですか」
なるべく逆らわないように答える。
人は痛みでより最善の答え方を早く覚えると思う。
そこで成歩堂は彼女がいつもの鞭を持っていないことに気がついた。
「貴方は運がいいのね」
冥がまるで独り言のように呟いた。
「運だけでは法廷に立てませんよ」
そのまま同じ口調で答えを返す。
「そうじゃないわ。依頼人に恵まれているという意味よ。被告が有罪であれば、貴方が例えどんなに彼らの嘘を信じても無罪ではないもの」
「……嫌なこと言いますね」
もっとも成歩堂は嘘を見破れることのできる勾玉を持っている。
まあ、依頼はほとんど真宵ちゃんを通じているのであまり関係はないが。
彼女に見る目があるのかもしれない。
その割には大変な仕事ばかりを選んでいる気もするが。
「それは事実よ。でも逆に言えば」
そこで彼女は残りのコーヒーを煽った。
缶から口を離す。そしてため息の混じった台詞を吐いた。
「完璧な証拠……完璧な証人……被告が無罪であればそんなもの、初めから存在しないものね」
「確信犯ですか」
思わず声に出てしまった。
「鞭、忘れてきたのは残念だったわ」
彼女は飲みきったらしい缶を少しだけへこます。
「それでも、普通の弁護士になら負けない自信はあるつもりだったんだけど……」
冥は律儀にリサイクルと書かれているゴミ箱のところまで持っていった。
中にはまだそんなに沢山入ってなかったらしく、缶の落ちる音がゴミ箱の中で響いた。
「……まだ勝負はついてはいないわ。もうすぐ時間よ。続きは法廷でやりましょう」
数歩、法廷へ歩んでから立ち止まる。
そして背中で言った。
「いつか思い知るといいわ。人間は嘘をつく生き物だということを」
彼女が歩みだす。
法廷へ入る数秒前、
「それでも、依頼人を信じるのが僕の仕事ですよ」
成歩堂ははっきりと口にした。
扉の向こうに消える冥の顔に笑顔を見た気がした。

/某交換日記より収録